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諸国の香文化

東西両洋の文化・文明は、「シルクロード」に代表される交易路によって発展、交流してきました。これに対して南アジアの海洋東西を結んだルートがあります。これが、「スパイス・ルート」です。東洋では紀元前の昔から心を清め、病を癒し、身を粧し、そして神仏に捧げるものとして広く香料が用いられてきました。また西洋では香水などの化粧品として使用するだけではなく、香辛料として主に食生活で用いられていました。
南アラビア・西南アジアから乳香や没薬、肉桂が伝わり、エジブト・ギリシャ・ローマなどで広く使われるようになりました。
ローマはインドとの交易で調味料として胡椒、化粧料として白檀を得ていました。また古代中国人が使用した肉桂・沈香・白檀はほとんどが南アジアで産出されたもので、このように広く、焚香料、調味料、漢薬が発展していきました。
 
現在では趣向品、場合によっては贅沢品とされる香料は歴史の中では、極日常的に用いられていました。

古代オリエント・エジプト

乳香と没薬という古来の香料は主にアフリカに自生する木の樹液が原料で、オリエント・エジプト・ギリシャ・ローマの諸文明、特に宗教信仰に不可欠な焚香料でした。古代オリエント・エジプトでは、紀元前20世紀以前から神々の祭壇で神主が乳香・没薬を焚き、香薬を油脂に吸収させて香油として神像に塗るとともに自身の髪や額、顔に塗っていたのが、現在の化粧の起源ともいわれています。また古代エジプトでは死体に香膏を塗り、生前と同じ化粧を施しミイラにしました。エジプトの象形文字には、香にまつわる文字が複数存在します。

インド

インド(天竺)で香料には、「汚れが去るもの」という意味がありました。
暑熱で体臭がきつくなる身体に香を塗ることで、諸仏や神々に対する供養としました。またインド人は古くから万病を取り除くとして、牛頭栴檀(白檀)を身体に塗抹していました。これを塗れば火の燃え上がるなかに入っても焼けず、阿修羅(鬼神)と戦って傷ついてもただちに癒えるといわれました。
冷涼の性質から熱病と風腫を癒す万病薬とされ、彼らは日に数回の沐浴をし、龍脳やサレタル、沈香、麝香などを混ぜた香油を塗抹いて、諸天と仏に敬したといいます。
 

中国

古来、中国では「香」といえば沈香のみを指し、「香すなわち沈」で一貫しています。沈香木はとても貴重であるため、これを焚けば瑞気(めでたい雲)が立ちこめ、祥雲(めでたいしるし)がめぐり、上は天に通じ、裏門の下は幽冥(あの世)にまで届くといわれていました。その中でも伽羅木と呼ばれる香は、金に等しい価格で取引されたといいます。中国で扱われた沈香は主に東南アジア(特にベトナムとカンボジア)を供給地としていましたが、その産地や品質によって細かくランク別けされていました。
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